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 音羽姫(おとわひめ)は
戦後の日の出島に設立されたウラル教の大学で生物学を学んでいたが、
生家で学んだ三五(あななひ)の教えが引っかかって、
常に二つの教えが思索の中で衝突するのであった。

音羽姫 「根岸彦(おとうさま)は
     ウラル教の生物学などには見向きもしないけれども、
     霊系祖神高皇産霊大神様(たかみむすびのかみさま)のことばかり仰って、
     体系祖神神皇産霊大神様(かむみむすびのかみさま)のことは、
     あまり考えておられないのかしら。
     今の日の出島では三五(あななひ)の教えは虐げられて、
     ウラルの教えを学ばなければ、
     とても上手には世渡りは出来ないというのに…。」

 日の出島は先の大戦では力主体霊のバラモンの教えに、
一大白王(ひとひろはくわう)陛下を、世界唯一の顕現神(あらひとがみ)と仰ぐ、
盤古大神的王道を合わせた様な精神論を過激に信奉して、
初期の戦闘では念力が勝って、常世の国を圧倒したが、
天皇を拝する皇道を取らなかった為、天裕を得られず、
その後、ウラル教的科学力と、物量作戦に巻き返され、遂にピカドンを受けて、
アケカズ一大白王の大英断による無条件降伏によって、
何とか国家の体裁を守る事が出来たのだった。

 これも日の出島そのものが、国祖国常立尊様の御神体であったことと、
三五教の瑞霊真如聖師による、犠牲的御加護の賜物であったが、
戦後、常世の国の支配下に置かれた日の出島では、
有神論を教育の中で扱うことを禁じられ、
ウラル教の無神論一本で国家再建をさせられた為、
庶民が三五教を前面に出して活動することが
非常に困難な体制下に置かれていたのである。

 音羽姫は、滝上峠から歩いて五分ほどの所にある昇龍館(しょうりょうやかた)に、
父母である根岸彦、浦賀姫と共に何不自由のない暮らしをしていたが、
何不自由ない暮らしが逆に婚期を遅らせている様でもあった。

 アケカズの御代からヒラナリの御代へと変わる頃から、
そろそろ日の出島の女権は大いに拡張し、経済的に自立した女性達は、
独身の自由を楽しむ事が多く、晩婚者も少なくはなくなって来たので、
音羽姫の様な女性は、特別珍しくも無かったが、この様な有様なので、
日の出島では少子化が大いに問題にされ、政府の悩みの種の一つにもなっていた。

 勿論、根岸彦にとっても、少子化の手助けをしている事は悩みの種であったが、
家名を守る為に婿を入れるにも、音羽姫の男勝りの気性が障害になって、
なかなかよい相手を見つけられずに苦慮していたのである。

 根岸彦が若かった頃には、家名を守ることは一家の一大事であったが、
アケカズの御代の後期生まれの世代には、核家族が当たり前のことであって、
家名を守るために結婚するなどという古臭い風習は、
馬耳東風の勢いで無視されるのが当たり前で、
このことになると、普段仲のよい一家も、
途端に暗澹たる息苦しいムードに包まれるのであった。

 浦賀姫は、室内で一人思索に耽る音羽姫を見止めて、それとなく切り出した。

浦賀姫 「音羽姫様、よい年頃の姫御が、
     この様なよい日和に日長一日室内に籠り放しでは、
     あまり健康によろしくございませぬよ。
     お母様などは、貴方様の年頃になるまでには、
     お友達同士綺麗に着飾って、
     昨日はあちら、今日はここ、明日はあそこという具合で、
     年中座布団が暖まったためしが無かったものですよ。
     根岸彦(おとうさま)に出会うまでは、
     お友達同士、恋の噂話などに花を咲かせ、
     いつか素敵な花嫁になることを夢見て、はしゃいでいたものですが、
     音羽姫様には、そうした娘らしい麗らかなところがまるでないことが、
     お母様には、どうしても気がかりでなりませぬ。
     いったい貴女様はこの先、どの様になさるおつもりなのですか。」

言葉遣いは上品ではあるけれども、ところどころ棘のある母の小言が始まると、
今の先まで趣味の思索に耽りながら楽しんでいた音羽姫は、
少しく不快の色を面に表わしながら、

音羽姫 「浦賀姫(おかあさま)、
     人の顔を見るなりいきなりそれは失礼ではございませぬか。
     音羽は今、とても大切なことを考えていたのでございますよ。」

浦賀姫 「何がとても大切なことですか…。
     近頃流行りの妄想族とやらに耽っていたのでありましょう。」

音羽姫 「まあ、妄想族だなんてイヤラシイ。
     お母様は何処でその様なお下品な言葉を覚えておいでなさったのですか。
     私は今、この国が抱える政治的な問題について、
     何かいい案は無いかと頭を悩ませていたのでございます。」

浦賀姫 「おやまあ、この子は、
     いくつになっても男勝りに政治のことなどに頭を悩ませて…。
     本当に貴女様は、どうして男子に生まれて来なかったのでしょう。
     今、この昇龍館にとっての一大事は、家名断絶の一大危機でございますわよ。
     音羽姫様が、来る縁談、来る縁談、どうしても首を縦にお振りなさらないので、
     根岸彦(おとうさま)も浦賀姫(おかあさま)も、
     毎日、心が安らかになることがございません。
     国家の大望を語る前に、
     先ずは一家の一大事に心胆を砕くのが姫御と生まれた務めではありませぬか。」

音羽姫 「浦賀姫様(おかあさま)、
     そんなことを申されますけれども、
     今の日の出島の男子は、
     皆、すっかりウラルの科学万能の無神論で育てられた蜥蜴(とかげ)男や、
     バラモン崩れの学の足らぬ汗臭い男ばかりで、
     たまに三五(あななひ)の教えを語る方がいると思えば、
     みすぼらしい暮らしをしている頼りない殿方ばかりで、
     浦賀姫様(おかあさま)の若い頃の様に、
     男子が互いに主義思想を戦わせて命を賭けるという様な
     惚れ惚れとする方は見当たらず、
     皆、鈍(なまく)らな事なかれ主義ばかりで、
     威勢の無い、精気にかける方ばかりなので、
     音羽はどうしても、そんな殿方の妻になって、
     陰になって一家を守って行くという覚悟になりませぬ。
     せめて根岸彦様(おとうさま)の爪の垢くらい飲ませて、
     精神を立て直して頂きたいと思うくらいですわ。」

浦賀姫 「あら、この子は、
     日頃、根岸彦様(おとうさま)に口答えばかりすると思うておりましたら、
     蛙(かわず)の子は蛙とはよく申したもの、
     心の底では根岸彦様(おとうさま)のことを、
     その様にお考えでしたのですね。
     その様に言われれば、浦賀姫(おかあさま)も、
     貴女様のお考えも、わからぬでもありませぬ。
     ああ見えて、根岸彦様(おとうさま)は、なかなかの大丈夫ですからね。
     あれほどの殿方を見つけようと思えば、
     今の日の出島中を探し回っても、何年かかるかわかりませぬわ。」

音羽姫 「まあ、浦賀姫様(おかあさま)、おのろけですこと。」

浦賀姫 「おほほほほ…。」

と、時々、どちらが母なのか、娘なのか、
わからなくなるこの母子の女同士の仲のよい議論は、
この程度のところで穏やかに治まってしまうのがいつものことである。

音羽姫 「今の日の出島の男子は、神とか霊とかいうことを言うと、
     皆、訝(いぶか)しがりますけれども、
     宇宙人とか、スターウォーズとか、ロボットだとか、
     アンドロイドとか、サイボーグだとか、タイムマシンだとか、
     そんな話になると子供みたいに夢中になって話す殿方ばかりで、
     三五(あななひ)の教えともなると、
     まるで受け付けようともなさらないのですよ。
     海の向こうからやって来た爬虫類人(レプティリアン)だとかいう
     外国の論説であれば、多少心霊学的な話でも
     鳩首謀議(きゅうしゅぼうぎ)ということにもなりますけれども、
     天地の誠の御先祖様は、蛇体の龍神のお姿ではありますけれども、
     その実は青水晶の穏やかな流体で、
     鰻(うなぎ)の様に鱗一枚無い滑らかなお姿をしておりましたのですと、
     横から口を挟もうものなら、途端に額に手を当てられて、

      『音羽姫様、貴女お熱でもおありなさるのですか。』

     と、話の腰を折られてしまうのですもの。
     音羽の大学の友達というのは、男子も女子も、
     まったくお話にならないのですの。」

浦賀姫 「そうですの。それはまったく困ったものですね。
     根岸彦様(おとうさま)も、学生時代の若い頃は、
     三五(あななひ)の教えを振りかざして、
     いつも男同士の激しい戦いをなさっておられましたが、
     私と結婚して音羽様が生まれる頃になりますと、
     生活の安定を図る為にと、そろそろと兜を脱いで、公務員の職を得て、
     今では大自在天神と盤古大神に管理された、
     この日の出島の柱石としてお働きなっておられますほど…。
     ヒラナリ三年頃から、
     そろそろ復興し始めた三五(あななひ)教の神事を執り行う為には、
     祝祭日や、夕方などの、仕事が無い日時を選んで、
     慎ましやかにやるしかないのですものね。
     三五(あななひ)の教えに徹し切ると申しましても、
     なかなか勇気のいる憂うべき世の中になったものです。」

              平成二一年二月一七日 旧一月二三日 垣内政治 識
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